大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(オ)47号 判決 1948年12月24日

上告人

渡部銀重郞

被上告人

新潟縣選擧管理委員會外一名

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負擔とする。

理由

上告代理人松井道夫の上告理由は末尾添附別紙記載の通りでありこれに對する當裁判所の判斷は次ぎの如くである。

問題となつた投票に付き其投票者が如何なる意思であつたかを審査する爲めに投票者が何人であつたかを調べることが許されないことは所論の通りである、原審も右の樣な事迄許されるという趣旨ではない、投票紙自體の記載態樣其他選擧當時の諸般の事情等から見て、本件係爭の二票は選擧人が不慣れの爲め、初め記載の場所を間違えて候補者の氏名を記載したが、後でそれに氣付いて、これを訂正する目的で、正規の場所即ち候補者氏名記載欄に再び記載したもので他意あるものではないと認定したものであることは、原判文上明である。而して右の樣な資料によつて右の樣な認定が爲し得られる場合には、其投票を有効のものと解すべきであるとの原審の見解は相當である、此見解は從來大審院及行政裁判所でも採つて來た處であつて今尚更めなければならないものとは思えない。論旨はこれと反對の意見を主張するもので、一理ないではないが、現下の吾國選擧の實情等に徴し、やはり從來の樣に選擧人の意思を重んじ、本件投票程度のものは他意なきものと認め得る以上、有効とした方が多數者の意思を尊重する選擧制度の趣旨に合するものと思はれる、尚原審は上告人の立證を以てしては、有意のものと認めるに足りないとして、上告人の主張を排斥したのではなく、積極的に前記の樣な認定をした上有効のものと判斷したのであるから立證責任に關する論旨は理由がない、尚原審の採用しない證據若くは其認定しない事實を根據として、原判決を批難するのは上告の理由とならない。

よつて民事訴訟法第四〇一條第九五條第八九條に從い主文の如く判決する。

以上は當小法廷裁判官全員一致の意見である。

(最高)

上告代理人松井道夫の上告理由

第一、原判決は「被選擧人の氏名が投票用紙の候補者氏名欄に記載されている外なお、その表面又は裏面に同一氏名の記載ある場合であつてもその後者の記載が投票者の何人であるかを知らしめる等所謂有意の記載と認められる等の特別の場合の外は斯る記載を他事記載として無効であると爲すを得ない」と判示しております、即ち投票用紙の二箇所に同一被選擧人の氏名を記載した投票は所謂「有意」の場合と然らざる場合とに依り即ち投票者の主觀的事情に依り他事記載となり或は他事記載とならずと云うのであります。此の見解は大審院の判例の趣旨に則つたのでありませうが大いに再檢討を加うべき餘地があり上告人が原審に於て強く主張したところであります。

組織法の領域に於て殊に大量の同種行爲を伴い段階を追つて終局に達する手續的制度に於て主觀的特殊的事情が無視せられる法理は田中耕太郞博士の夙に強調せられたところであつて(商法第百九十一條參照)それが公法上の制度である場合に於ては公共の福祉により密接する意味に於て此の法理はより重視せらるべきは當然であります、個々の主觀的特殊事情を顧慮するが爲重要な公法上の法律關係を不安定に置き多大の精力を注ぎ込んで形成し得た結果を沒却せしめ主觀的特殊的事情の存否を爭う訴訟を頻發せしめる等之に因つて得る利益は之に因つて失う損失を償うに足らぬからであります。故に斯る法領域に於ては出來得る限り主觀的特殊的事情は之を顧慮せず客觀的劃一的に解釋することが法律の精神に合致するものと信じます。

選擧法は右の如き法領域に屬する典型的のものであると存ぜられますが、さればこそ町村制第二十五條所定の投票の無効原因は何れも投票用紙又は其の記載自體のみにより客觀的に判斷せらるべき事項のみであつて投票者自身の主觀又は選擧の公正を害したかどうかと云う樣な具體的特殊的事情は全く顧慮されて居ないのであります。

個々の選擧に就て見れば選擧人の意思を無視することは或は害惡でありませうが法律は全國に亘つて行はれる多數の選擧、將來行はれる無數の選擧の自由公正と敏速適格なる實施を目途して居るのであり選擧の性格が前述の如きものである以上眞に止むを得ない害惡なのであります、解決方法は正しい選擧法の知識の徹底にあるのであつて斯る場合に何等か主觀的特殊的事情を顧慮する事によつて救濟の途を發見せんとする事は却て事態の解決を遷延させる結果となるのみでなく其の間選擧の自由公正を害する手段に惡用せらるる危險が多分に存すると存せられるのであります、然らば一般投票用紙に同一被選擧人の氏名を二個記載した投票の有効無効を決するに付ても其の記載のみにより客觀的劃一的に判斷せらるべきは當然であり更に主觀的特殊的事情に立入つて初めて其の有効無効が決せられると爲す原判決の見解が町村制第二十五條の法意に合しない事は明瞭であると存じます。

茲に於て斯る投票は「他事記載」として無効とせらるべきものであるか或は然らずして有効とせらるべきものであるかを考究せねばならぬのであります。

思うに國會を初め地方議會の議員の選擧には秘密投票制が採用せられて居ります、成年以上のあらゆる國民層を選擧人とする公選に於て選擧の自由と公正を確保する爲には秘密投票制の採用は絶對の要請であると信ぜられます此の事は新憲法第十五條第四項により憲法上の要請になつたものと解すべきであると存じます。

秘密投票制は何人が何人に投票したかを知る手段を與へない制度であります從つて何人が何人に投票したかを知る手段に供せらるる可能性ある事項は選擧の自由と公正を害する素因を含むものであり秘密投票制の精神に反するものとして排除せねばなりません此の故に所謂「他事記載」は無効とせられるものと信じます。

例へば被選擧人の氏名の外に記載せられた「○」印は之を書いた選擧人の意途或は選擧の公正を害したかどうか等の主觀的特殊的事情に拘はりなく斯る記載一般が何人が何人に投票したかを知る手段に供せらるる可能性ある事項として選擧の自由と公正を害する素因を有するが故に「他事記載」とせられ無効とせらるるものと考へます。

一般投票用紙に同一の候補者の氏名を二個記載した場合に付考察するに投票の爲被選擧人の氏名を表示するには一個にて足り他の一個は候補者の氏名の表示として無意味であり却て自分の投票なることを他人に知らせる符號としては「他事記載」例へば「○」印と同價値であります。

即ち斯る投票は主觀的特殊的事情に拘はりなく「他事記載」として客觀的劃一的に無効とせらるべきであります。

第二、原審は一投票用紙に同一被選擧人の氏名を二個記載した投票の効力を定めるには所謂「有意」の記載なりや否やを審理せねばならぬとの見解を取つて居りますが斯る事實を取調べるには方法があるのでありませうか、憲法第十五條第四項には投票の秘密を侵してはならない事を宣言して居ります、投票が如何なる意途で爲されたかは投票者のみが知る事實であります從つて投票が如何なる意途で爲されたかを追求することは投票者が何人であるかの追求にならざるを得ず、延いて投票の秘密を侵されない權利を危殆に導く恐れがあります斯る結果を導く恐れある解釋は新憲法の下に於て許さるべきではないと存じます。現に本件に於ては自分が問題の投票の投票者であると申出た者があるのであります(石川證人の證言參照)本件選擧は新憲法施行前ではあるが既に其の發布後行はれたのであります舊憲法は形式上變更はありませんでしたが實質上は重大な變更を生じて居たのであり本選擧に付法律を適用するに當り新憲法の精神に十分生かされなければならぬと存じます。

第三、本件係爭の投票を(甲第一、二號證)見るに一票は折疊んだ投票用紙の表面(最上面)に他の一票は折疊んだ投票用紙の裏面(最下面)に何れも外部から一見して認められる個所に被選擧人の氏名が記載されてあり投票管理者其の候補者投票立會人及相前後して投票した選擧人等をして本件投票の投票者が投票用紙に記載せられた其の被選擧人に投票した事實を直接認知せしめ得るものであります、斯くの如きは符號を通じて自己が何人に投票したかを知らしめる可能性を有する「他事記載」と同價値であると云うよりは一歩進んで自己の名を投票用紙に記載する行爲と同價値であり無記名投票制に直接背反するものとして(地方自治法第三十二條第四項町村制第二十二條第一項參照)斯る投票は客觀的劃一的に無効とせらるべきものと信じまず。

大審院の先例に於ては斯る投票の違法を認め乍ら具體的に選擧の公正が害された事實が立證出來ない限り無効にはならぬ旨判示して居るものがありますが此の見解は秘密投票制に直接違反する樣な重大な違法の場合には成立する餘地ないものと解すべきで其の誤である事は第一に於て詳述した通りであります又斯る立證が不可能であり強いて可能たらしめんとせば憲法第十五條第四項に違反するに至るべき事は第二に於て述べた通りであります。

全國何れの地方たるを問はず選擧管理委員會に於て投票用紙は折疊めば外部から見る事の出來ない個所に被選擧人の氏名欄を設け同欄に被選擧人の氏名を記載の上折疊んで投票する樣定められて居るのでありまして秘密投票制を採る以上極めて當然な事であります此の當然な事を全然無視する事を認めることは延いて秘密投票制を有名無實に終らせる手段に惡用せられ選擧の自由公正を阻害する結果を招來する事を恐れるものであります。

第四、百歩を讓り主觀的特殊事情に立入り審査すべきものであるとしても「有意に非さる事情」は投票の有効を主張する當事者に於て立證すべきものであると考へます、何となれば前述の如く一般的に云つて同一被選擧人の氏名二個の中の一つは被選擧人の氏名の表示としては無意味であり「他事記載」と同價値である以上人は無意味の所爲に出ずるものと推定することを得ないからであります又此の主張は選擧界の實相にも適合するものであります。

然るに原判決は「所謂有意の記載と認められる等の特別の場合の外は云々」と判示し明らかに「有意」の立證の責任が「有意」を主張する當事者にあるものと解してゐるのは立證責任を顛倒した違法があると信じます。

原審の上告人に不利な事實の認定は右の如き誤まれる前提の上に立つて爲したものであり若し前提を誤まらなかつたならば右の如き認定を爲さなかつたものと信ぜられます。

第五、假に「有意」の立證責任が之を主張する上告人側にありとするも「有意」を推測すべき資料は證據上必ずしも少しとしないのであります。

(1)係爭の二票共土屋富榮に對する投票であつたこと(當事者間爭なし)

(2)當局者に於て選擧人に對し被選擧人の氏名記載個所に付特に注意を與へたこと(證人石川の證言)

(3)係爭の二票が選擧會に於て問題となつた際投票立會人長谷川三次(土屋富榮派)の妻長谷川八千代が選擧人渡部サトシを連れ來たり同選擧人は投票の一覧を要求したる上自分の投票であると申出た事實(證人石川の證言)

(4)甲第一、二號證に於ける被選擧人氏名の記載個所態樣(尚墨點の記載もありそれ自體「他事記入」として投票の有効無効の問題となる)

特に(3)は土屋富榮派投票立會人長谷川三次或は其の妻或は其の兩者と渡部サトシとの間に選擧の公正を害する何等かの事實關係が存在したものと推認すべき最有力なる資料であります現に村選擧管理委員會は之を有力なる資料として「有意」の認定をしてゐるのであります斯る疑はしい事實が認めらるるに於ては一應「有意」を推認すべきに關はらず原判決は之に對し何等の説明を與へずして漫然看過し却て何等首肯すべき根據なくして上告人に不利な事實を認定したのは理由不備の違法があると信じます(尚原判決は上告人が「有意」の主張に付何等判示して居りませんか上告人は假定的に「有意」の主張を爲す趣旨である事は昭和二十三年四月十日附準備書面第三項及石川利榮を證人に申請した事實よりして明白であります)

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